カンヌライオンズ2026レポート:AI時代における人間の役割とブランド構築の新たな視点

カンヌライオンズ2026レポート:AI時代における人間の役割とブランド構築の新たな視点

カンヌライオンズ

はじめに:カンヌライオンズ2026が示す新たな現実

2026年6月22日から26日にフランス・カンヌで開催されたCannes Lions International Festival of Creativity 2026(カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル)の現地レポートが公開されました。このレポートは、公式セッションに加え、会場外のイベントや現地で配布された情報源をもとに作成されています。

2025年のカンヌライオンズでは「物語力がブランドを強くする」という認識が共有されましたが、2026年の会場では状況が大きく変化しました。AIの活用は「これからどう使うか」を議論するフェーズではなく、すでに世界のトップブランドのマーケターはAIを企画プロセスに組み込み、インサイトの発見からアセットの量産まで、キャンペーンの作り方そのものを変えていることが示されました。今年のカンヌライオンズでは、「AI時代にどう備えるか」ではなく、「AIとともにある現実の中で、人間は何をするか」という問いが中心に据えられています。

また、クリエイティビティの議論は感性の話にとどまらず、多くのCMOがCFOとの対話を語り、ブランド投資がビジネスの数字にどう結びつくかが議論されました。カンヌライオンズの受賞企業を対象とした調査では、クリエイティブな成果を上げた企業は受賞から1年以内にEBIT(金利・税引前利益)が平均2.7%増加し、時価総額が4.7%成長しているというデータが示されています。クリエイティビティが経営指標に影響を与えることが、今年のカンヌライオンズの重要な証明の一つです。

AIは企画プロセスのエンジン:世界の現場で起きている変革

日本においてAIは文章作成や画像生成といった道具的な使い方が一般的であるかもしれません。しかし、今年のカンヌライオンズで示されたのは、AIがアウトプットを生成するツールではなく、企画プロセス全体を変革するエンジンとしての活用です。

例えば、L’Oréalは「消費者ジャーニー」「マーケターのジャーニー」「従業員のジャーニー」という3つの柱でAIの導入ロードマップを経営レベルで設計し、116年分の知識を学習させた24時間稼働の美容アドバイザー「Beauty Genius」を展開しています。ファッションECのZalandoは、Met Gala開催の翌日にはAIを使って関連アセットを構築し、24時間以内にキャンペーンを公開しました。これは、「次のキャンペーンをどう作るか」ではなく、「いかに文化のスピードに追いつくか」が問われている現実を示しています。

ただし、AIが高速化するほど、人間にしかできないことの価値が高まるという点も強調されました。P&GのChief Brand OfficerであるMarc Pritchard氏の事例では、米国で成功した食器洗い洗剤を英国で展開した際に失敗した経緯が語られています。英国には「食器を洗う前に水に浸け置きする」という文化的習慣があり、AIでは数百万のデータポイントを分析できても、この文化的儀式を理解できなかったとされます。これを見抜くには、人間の観察、共感、そして直感が必要であるとPritchard氏は述べています。AIが文化を理解できないからこそ、文化を読み解く人間の役割が際立ちます。この洞察に基づき「Fairy Skip the Soak(浸け置きをスキップできる)」というブランドアイデアが生まれ、2桁成長を達成しました。

キャンペーン制作のスピードも変化しています。Pritchard氏は、かつての数ヶ月から1年かかる「バッチ処理の時代」は終わり、今は数分、数時間、数日の単位でインサイトを発見し、コンセプトを作り、アセットを量産する「継続的なフロー」の時代であると語っています。P&Gでは、AIツールを活用して20分でアイデアを具体化し、6週間後にはビジネスを動かす事例が紹介されました。これは人間の仕事を減らすのではなく、クリエイターが「考えること」に集中できる時間を増やすための変化であり、「AIが下流を動かすからこそ、上流の人間の判断がより重要になる」という本質が繰り返し語られました。

単発キャンペーンの終焉と、一貫性という武器

「新しいキャンペーンを投下してもロイヤリティが高まらない」という課題を抱える企業マーケターは少なくないかもしれません。今年のカンヌライオンズでは、その理由がデータで示されました。

マーケティング科学の権威であるMark Ritson氏とByron Sharp氏が、長年の論敵でありながら「一貫性(Consistency)」の重要性で合意したことが注目されました。Ritson氏は、「大企業のキャンペーンの平均継続期間は30〜40日に短縮されているが、ブランドエクイティを構築するには10年かかる」と指摘し、「消費者はブランドに年に2回しか気づかない。飽きずにやり続けることが必要だ」と述べました。日用品(FMCG)カテゴリーでは、今年の売上の半分が「過去12ヶ月以上そのブランドを買っていない人」から生まれるというデータもあり、ブランドが頭に浮かぶかどうかが購買を左右するため、キャンペーンを頻繁に変えることは消費者がブランドを見つけにくくする要因となります。

また、「95対5の法則」も印象的でした。今まさに購買を検討している消費者はカテゴリー全体のわずか5%に過ぎず、残りの95%は今は買わない人たちです。将来の95%に向けてブランドを記憶に刻み続けることこそが、長期的な成長の源泉であると指摘されています。Unileverのヴァセリンの事例では、155年前に発売された製品を何も変えず、消費者の「意外な使い方」に耳を傾けてキャンペーンにすることで、現在も2桁成長を続けています。これは、ブランドの核は変えず、語り方を時代に合わせ続けた結果です。

一貫性を保ち続けることの価値を社内で証明するためには、ROIの定義を変えるという視点が語られました。P&Gは「霜の降りたフロントガラスで運転するのをやめろ。測るのは小売の売上成長だけでいい」と述べ、複雑な中間指標の議論に時間を使うよりも、施策と売上の動きを直接見ることの重要性を強調しました。メディアとコマースが融合した今、それが可能になっています。VisaのCMOは、ROI分析とブランド指標を組み合わせてCFOを動かすためには、「マーケティングの言語ではなくビジネスの言語で話すことが大切だ」と語りました。一貫性を保つことはコストではなく、最も効率的な投資であるという認識が共有されています。

ロボットはブランドを作らない。人間にしかできないこと

AIがコンテンツを量産できる時代において、人間の価値はどこにあるのか。この問いは、今年のカンヌライオンズで最も繰り返し問われました。

P&GのChief Brand OfficerであるMarc Pritchard氏は、「テクノロジーやツール、スピードがどれほど進化しても、クリエイティビティはいつの時代も深く人間的な営みであり続ける。ロボットはブランドを作らない。あなたが作るのだ」とセッションを締めくくりました。また、Google DeepMindのCEOであるDemis Hassabis氏も、「クリエイティブな作品のクラフトと魂は、人間のクリエイターから来る。それが近いうちに変わるとは思っていない」と述べ、AIの限界を深く知る人物として人間の役割の不変性を語りました。

人間にしかできないこととして、大きく二つの点が示されました。

一つは「文化を読む力」です。AIはデータを分析できても、人間の深い文化的習慣や感情の機微を理解することはできません。英国人が皿を浸け置きする理由や、Gen Zが孤独を感じながら本を読む理由など、データの裏側にある人間の真実は、観察と共感からしか生まれないとされます。

もう一つは「感情を動かす力」です。85年の歴史を持つラグジュアリーブランドCoachのCMOは、「トレンドは変わる。しかし人間のニーズは変わらない。表現したい、所属したい、理解されたいという欲求は、時代を超えて普遍だ」と述べました。Coachは今年、Gen Zに向けて「Explore Your Story」というキャンペーンを展開し、自分の読んでいる本をバッグに付けて表現するというシンプルなアイデアを通じて、キャンペーンコンテンツの90%がコミュニティによって作られる結果となりました。これにより、Gen Zのカテゴリー平均の8倍となる29%のトップライン成長を達成しました。「最高のストーリーを思いついた者が勝つのではない。オーディエンスを信頼し、共に物語を紡ぐ者が勝つ」という言葉が、その結果を証明しています。

ミュージシャンでありドキュメンタリー映画監督のQuestlove氏が、作家のMalcolm Gladwell氏とのセッションで「今日は一日中AIについての質問に答えてきた。だからこそ思う。二人の人間がただ面と向かって話す、その新鮮さはこれからも価値として残り続けるのだろうか」と述べた場面は、満場の拍手を生みました。AIがあらゆるコンテンツを生成できる時代だからこそ、人間が人間に向けて作るものの価値が際立つという認識です。UnileverはこれをPoetry and Plumbing(詩と配管)と表現し、AIが配管(下流の量産・効率化)を担うからこそ、人間は詩(センス・判断力・感情を動かすクラフト)に集中できるとしました。

ロボットはブランドを作れませんが、ロボットが存在するからこそ、人間がブランドを作る意味がより深くなることを、今年のカンヌライオンズは証明しました。

縦割りを超えて、オーケストレーターへ

今年のカンヌライオンズで複数のCMOが共通して語ったのは、マーケターの役割が根本的に変化しているという点です。

MarriottのChief Commercial OfficerであるAndy Kauffman氏は、「組織は縦(垂直)に設計されている。しかし仕事は常に横(水平)に動く」と述べました。マーケティング、営業、データ、テクノロジー、財務といった各部門が壁を作って自分の領域にとどまる限り、消費者に届く体験は断片的になります。Marriottでは、各部門のリーダーの隣に並走する「Solutions and Enablement」チームを新設し、ITに依頼すれば3年かかる仕組みを数日で解決し、マーケターを事務作業から解放して「売上に直結する仕事」に集中させる取り組みを進めています。

VisaのAPAC CMOであるDanielle Jin氏は、「私はトップ20のMBAを卒業し、コトラーの教科書通りにキャリアを積んできた。でもその育成モデルはもう機能しない。AIやデジタルに関する本当のノウハウは、20代や25歳の若い世代の方が圧倒的に持っている」と語りました。これは自己否定ではなく、組織の再設計の話であり、シニアの役割は過去の成功体験を守ることではなく、若い世代の実行エネルギーが最前線に出られる構造を作ることであると指摘しています。そのためには、部門の壁を超えて全体を見渡し、調整し、つなぐ「オーケストレーター」としての視点が必要とされます。

DiageoのEMEA CMOは、「データが高度化し、クリエイター、メディア、コマース、テクノロジーが複雑に絡み合う時代に、一人の人間がすべてを知ることは不可能です。だからこそ今求められるのは、その複雑さをCFOやサプライチェーン担当者に向けてシンプルに翻訳できる能力です」と語りました。専門家である前に、翻訳者であること。自分の担当領域を深く知りながら、隣の部門の言語でも話せること。これが2026年のマーケターに求められるスキルであると示されました。

AIが仕事の一部を担うからこそ、人間は全体を見渡す役割に移行できます。これはマーケターにとって、仕事が減るのではなく、より本質的な仕事に集中できる機会であると考えられます。

日本のマーケターへの示唆

カンヌライオンズの現地レポートから、日本のマーケターにとって重要な示唆が得られます。円安が続く日本において、企業が成長し続けるためには、国内市場だけでなくグローバルに通用するブランドを構築し、世界の消費者に選ばれるキャンペーンを展開することが求められます。

グローバルに評価されるキャンペーンの実現には、以下の要素が重要であると考えられます。

  • AIを道具としてではなく、企画プロセスのエンジンとして活用する。

  • 短期的な単発施策ではなく、長期的な一貫性に投資する。

  • 縦割りの専門家ではなく、横断的なオーケストレーターとして機能する。

  • データでは捉えきれない人間の感情と文化を深く理解する。

これらは、特別な予算や組織規模があれば実現できることではなく、マインドセットの問題であると指摘されています。世界のCMOたちは、CFOを説得する苦労や組織の縦割りを壊す難しさ、AIの進化に追いつくための試行錯誤を語りつつも、クリエイティビティがビジネスの成長に直結すると信じ、その信念をデータで証明し続けています。

日本にも、世界に届く物語を持つブランドは存在します。それを世界に届けるための視点と実行する勇気を持つマーケターが増えることが、日本の経済の未来を変える一助となるでしょう。

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Mt.MELVILについて

本レポートを執筆したMt.MELVILは、東京(本社:東京都渋谷区、CEO/エクゼクティブプロデューサー:山脇 愛理)とロサンゼルス(Mt.MELVIL,Inc:Los Angeles, CA、CEO/エクゼクティブプロデューサー:村田未来子)を拠点に、広告やオリジナルコンテンツの制作、戦略までを手がけるクリエイティブプロダクションです。プロジェクトを日本から世界へ、また世界から日本へ広げていくためのパートナーとして、経験豊かなプロデューサーチームがあらゆる局面でサポートしています。

詳細については、以下のウェブサイトをご覧ください。

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